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更新日: 2012/01/09

学びのプロセス

T.sugiyama


(1) はじめに

 人間の進化の課程は学びの積み重ねの中にあると思います。いかなる小さな学習でもそれは意識の深層にある経験の記録庫に蓄積され、いつかは気づきをもたらすでしょう。しかし、なぜか心は自分自身を制御するのを拒み、新しい進歩的な習慣に対して無数の口実を作り出し、逃げる傾向があるようです。そのままでは、アダムスキー氏が述べているように、心は古い習慣から逃れられなくなります。心が自身を制御するためには、一定の学習の仕方を身につける必要があるようです。

 本論では学びのプロセスと題して思いつくままに日頃感じていることを述べてみました。

(2) 真似ること

 「学ぶ」ということばは、「まねぶ」が語源であると言われます。

全ての学習は手本を見習うことから始まります。

この語源が示唆しているように、我々は手本に近づこうとするならば見習ったことをまず真似ようとします。

真似ることは相手(人、物、自然界)を理解する力を養います。なぜなら自分を忘れ、相手の状態を感受する課程を経るからです。真似ることをオリジナリティが無いと非難する心は進歩を遠ざけます。なぜなら感受できるはずの印象を無視するからです。たとえば楽器の練習をするとき、心が騒ぎ、先生の動作を記憶しないうちに、自己流に没頭すると上達が遅いようです。

芭蕉の言葉で、次のようなことがあります。

 「格に入り、格を出でざるは時は狭く、又格に入らざる時は邪路に走る。

  格を出でてはじめて自在を得べし。」

 ここで言う格とは、手本から学ぶ基礎のことです。

真似ることは、イメージ空間に手本を再現することから始まります。手本から得た印象は何度も想起し、実際に動作することにより、細胞はこの印象を記憶し、自分自身が発する印象を手本に似せてきます。

(3) 究めること

 学んだことをもとにして、深く理解し、さらに進歩させようとするならば究めなければなりません。これを研究といいます。研究は自分からの学びです。なぜならこの場合の手本は自分にあり、内部の英知と対面するからです。

 いくら外を見回しても答えは見つかりません。問題の答えはいつも自分が持っていると信じることが大切です。

 再び芭蕉の言葉を紹介します。

 「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」

 知識欲が旺盛な人は結構なことですが、どことなくどん欲な印象があり、物知り博士になってもなかなか自分を変えることができないようです。一方どこの教科書にも書かれていないことを追求する人の姿は外見は愚かしく見える場合もありますが、これを持続する人は、落ち着きを備え、何か新しい物を生み出すのではないかという期待感を漂わせるようになります。持続する人の発する場は安定感があり、周囲の人はこれに感応して集まってくるようです。

(4) 続けること

いかなる些細なテーマであっても10年も探求すれば、内部の英知とともにいることに気づきはじめるでしょう。

ここでちょっと私の経験を紹介します。私はフリーエネルギーに関心を持って15年が経過しています。当初は物理学を知らずに、空想と思いこみの世界に没入していました。実験も失敗ばかりでした。しかし、実験のたびに、なぜ失敗するのかということを考えるうちに、原因と結果の法則の理解が深まり、イメージの中で実験を精密に再現できるようになりました。

ここでいう原因と結果の法則とは、自然科学の法則のことではなく、イメージの世界と現実の世界と現実の世界の関連のことです。

いかなる実験でも手当たり次第取り組んでいると、進歩がありません。イメージの中で実験装置を組み立て、材料の質感、温度、色、ネジの反射光の輝き、切断面のキズなどが、鮮明に伝わってくるようになるまで、何度も描くようにしています。これは心と、潜在意識の共同作業です。潜在意識がコンピュータなら心はオペレータと言ったところでしょう。  

 このあと、イメージの中で、実験を行います。このとき、少しでも不安な箇所があれば、きっとそこには不備があるのです。心を静かにし、気長に解答を待ちます。そして修正を加え、再実験します。

 以上の作業が終了してはじめて本物の部品を集めはじめるようにすると、きわめて効率的です。ほしい部品が手に入りやすかったり、装置の作りなおしということがほとんどありません。

 このような研究活動は、自然科学をより深く精密に理解できるようになったばかりでなく、自分の内部にある潜在意識を信頼し、作業を潜在意識に少しずつまかせられるようになってきました。また、なによりもよかったのは多くの人との出会いがあり、勉強になっているということです。

 イメージの世界で完全な物を作った後に、実際のものを作る。このプロセスは、意外かもしれませんがメーカーで応用されています。納期に追われ、効率化が叫ばれているところは特にそうです。なかでもソフトウェアの開発は、手法が全国的に統一され、手順の標準マニュアルが作られています。それが、なぜかマーフィー理論によく似ているのです。

 もし、我々が辛抱できずに別の目標に移ってしまったならば、再び手本の見習いからはじめなければならないでしょう。これは大きなロスです。

(5) 伝えること

 研究の成果を活かし、役立てることは学びの仕上げです。ここに文化・文明の出発点があります。

 自分の手本となり、見せ、教え、伝える、これを教育といいます。これによって一つの学びのプロセス、一つの進化が完了します。

 進歩する者とこれから学ぶ者が出会い、コミュニケーションする場を教室といいます。

 手本となる者はすでに目的地に行って答えを携えてくる方法を知っている故に、見習う者は信頼と確信と探求心を持って進むことができます。学びのプロセスを全うした人は実際に人を引きつける力を持っているようです。

(6) 超能力開発

 学びのプロセスの初期の過程で、感受性能力(テレパシー)が芽生え、仕上げの過程で、念力性能力が養われます。テレパシーは受動的、念力は能動的能力であるからです。一連のプロセスを通してバランスのとれた能力が開発されます。熟練した技能職の人や教育職の人に超能力者が多いと感じるのは私だけでしょうか。

 能力開発はそのためだけにトレーニングするよりも、あるテーマに沿った学びのプロセルを通じて自然に開発する方が楽しく効率的に行えるかも知れません。

 毎日ゼナーカードでトレーニングするのも一つの方法でしょうが、実践編のトレーニング方法もあわせて行うとより早く成果が上がるのではないでしょうか。

 実践編のトレーニングは日常生活の中で飽きない方法、必要に迫られて行う方法がよいでしょう。

 たとえば、私は、研究テーマのことで得たインスピレーションをいつも記録する習慣を持ったり、伝いたいことを絵に描いて相手に説明してあげるようにしています。これらの習慣は、やってきた印象を具体的にとらえたり、イメージ力を育てるのに役だっています。

(7) 原因と結果の法則について

 これまでの経験を通じて気付いたことは、イメージが現実になるには、臨場感のあるイメージを描くことが必要であるということです。ところで一般的に心配事に限って、イメージに臨場感が出やすいのはなぜでしょうか。もしかすると知らないうちに我々は「心配」という宗教の信者になっているかもしれません。

 イメージに臨場感が湧いたとき、肉体は現実と同じ生体反応を示すことが知られています。脳はイメージ(原因)と現実(結果)を区別していません。これを区別しているのは我々の心です。感覚器官を通して得た記憶とそうでない記憶に分類しているのです。だから我々はイメージの世界に住んでいることをなかなか自覚できないでいるのかも知れません。超能力者はこの分類の壁をある程度取り外しており、イメージの中の感覚器官を実際に使いこなすことを知っているようです。

 よく考えてみれば、我々は目で外の世界を見ていますが、眼球が自分なのではなく、どこか別のところにある意識が眼球という窓を通して外(結果)を見ているのです。そして後ろを振り返れば広大なイメージ(原因)の世界が控えています。

 原因と結果の法則を抽象的に表現するならば、「原因の世界の中の一点が結果の世界であり、そこが現在である。結果の世界は原因の世界の中で、海の中に生じた渦のように変化しながら永遠の旅をしている。」と言ってもいいかもしれません。

 結果の世界はコミュニケーションの場でもあると思います。進化のレベルが違う生命同志が、原子という共通の表現経路を通して、触れあう事ができるからです。

 このことは (5) 節で述べたことにも関連します。我々が鉱石や植物の印象を感受しようとしたり、異星人との交流を夢見ているのも、共通の原子で構成されているからこそ可能になるのでしょう。

 本節では、簡単のためイメージの世界と原因に同じ意味あいを持たせましたが、実際は原因の世界は人間のイメージ力ではとても追従できないほどの無限の深みをたたえているようです。どのくらいの深度まで認識できるかは我々の進化のレベルに対応しているのではないでしょうか。

(8) 私の信条

 人の寿命は数十年足らずですが、この短い間でも宇宙の英知に気付かない道理ありません。生命は必ず進化するようにできているからです。たった十年を辛抱できずにこのチャンスを見のがしているとしたらこんなもったいないことはありません。

 私は地球という教室で学べる事をうれしく思います。生涯変わらないテーマを貫き、焦らず、英知に近づこうとするならば、意識は必ず応えてくれると考え、日々過ごしたいと思います。



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